Short Story

クローバークラブカクテル

拝啓ご無沙汰いたしております。
秋も深まる今日この頃いかがお過ごしでしょうか。
突然のお手紙で何事かと思われたかも知れません。私は今金沢に来ています。主人がたまにのんびりしてきてはと言ってくれたものですから。下の子も今春何とか、大学に入学しました。母親としては、ひと段落といったところです。兼六園の木々は競うかのように、色づき初めています。どの一本、一本も個性的に見えます。間違えました、競ってなんかいないんですね。比べる必要など無いのですから。あなたが見たのもここからなのかな、とふと思いました。「色づく木々を見ていると発熱しているようだ」と言う絵葉書をもらって、戸惑いました。二十代のあなたと秋の金沢は私のなかで、うまく結び付かなかったからです。あなたは、新し物好きで、東京や横浜の新名所みたいなところを闊歩するのが似合うと思っていました。あなたに生まれるのが五十年遅いし、場所も間違っているとよく言われました。ちょっとした冗談のつもりで、言っているのでしょうが、私にはよくわかりませんでした。でもこの街を歩いていると流れる時間と香りが私に似つかわしいように思えました。私のすこし時代がかったところを見透かされていたのかもしれません。
あれからもう三十年です。
私が「結婚するかもしれません」といった日。いつもどおりあなたは家の近くまで送ってくれましたね。別れ際に私が切り出したものだから、あなたは困惑したように歩みを止めました。でも「おめでとう」とも「やめろよ」とも言わずに「あ、そうなんだ」ときれの悪い台詞をはきました。その後近くの公園を随分長い時間歩きました。満月に近い月が浮かんでいました。「満月ね」と私は月並みなことを言いました。普段のあなたなら古今東西の名言を弄して、私の平凡さを揶揄するのに、「ああ、そうだね」と高度成長期のホームドラマに出てくる様な台詞をいったのが、救いでした。風が出てきて、あなたは自分の上着をかけてくれました。その日は寝付かれませんでした。深夜、電話が鳴っていたのを覚えています。受話器を上げようと思った瞬間、どこかで見ていたかのように鳴り止みました。
あなたが葉書を書いた香林坊の喫茶店はもうないようです。
さきほど、ホテルのバーでクローバークラブカクテルを飲んできました。乳白色の色合いが金沢の重い雪を思い起こさせると書いてありましたね。年配のバーテンのかたが、このカクテルの注文をもらうのは久し振りだと言っていました。前回オーダーしたのがあなたということも有り得ない事ではないので何時頃造ったかは聞きませんでした。
まだ見たことがない金沢の雪を思い浮かべながらいただきました。遠くで電話が鳴っていました。明日は武家屋敷のあたりを散策しようと思っています
どうか、体のほうご自愛ください。失礼いたします。





10月20日, 2008年 | yoshida |



クーニャン



彼女はクーニャンをおかわりした。年は二十代なかばぐらいであろう。ジャズベーシストと同じ名前のタンクトップにデニムのミニスカート、メタリックシルバーのピンヒール、ストッキングは穿いていなかった。目を強調するような化粧だった。それが、若干離れている目を余計際立たせることになっていた。ルージュは生き血を吸ったばかりのドラキュラの口元のように赤く、バイクのヘルメットの様なヘアースタイルだった。何か洒落た名前があるのであろう。客はあと一組いるだけだ。談合を終えてきた小役人風の中年が四人、同じ彩度のグレイのスーツにちょつとだけ張り込んだネクタイを緩めて同じ濃さの水割りを飲んでいる。

「おじさん、よく来るの」しゃべると下唇をかみ締める癖がある。

『仕事が煮詰まった時とけじめがついた時に来る。』

「どっちが多いの」

『最初の方が十倍多い』

「そうなんだ」

こうして、会話が始まった。来るのは二回目、その日も僕はいたという。マリンブルーのニットアンサンブルに白いフレアスカート、ローヒールのパンプスで髪はちょうど肩にかかるぐらいで口紅はもっと淡い色だったらしい。

僕は今日と同じピンクのサマーセーターを着ていた言う。女性は大事な日に着た服は完璧に覚えているものだ。その日はそういう日だったということだ。特に僕に興味があった訳ではない。これが金曜日の六本木のバーであれば、ピンクのセータを着ている中年など小樽埠頭に群がる鴎ぐらい普通の存在なのだ。ダークグレイカルテットの存在と僕のアウトローブの組み合わせの貧困さ、それと彼女の色彩に関する記憶力の良さが今の会話に繋がっているのだ。

『私その日、どうしても、お嬢様ぽく見せる必要があつたのね。どうしてか判る』

「お嬢様タイプが好きな人間に合う日だったんだろう」

『若い子に話しかけられたら普通もっと受ける答えを言うわよ』

「同じ答えを言っても受ける店を、二、三軒知っている。一万円以上かかるけれど」

『そういう店にも行くんだ』

「そういう付き合いの方が多い。そこにはマリンブルーのニットアンサンブルに白いフレアスカート、ローヒールのパンプスの子はいない。」

「わりと大きい会社の面接に行ったんだけど、落ちちゃった。着慣れないもの着てもだめだね」グラスを額に付けて一瞬目を閉じた。『私、定職にほとんどついたことが無いから』いくつかの現実にぶつかって、ちょっと傷つき、不公平や不運に気がついた時の表情だ。

『どうして、話しかけてきたんだい』

「太陽のせい・・・こう言うと賢く見える?」悪戯っぽく、微笑んだ。

「そうね、ピンクのセーター着ていたからかな?おじさんも疲れたり、落ち込むことがあると思うのね。でも溝鼠色のスーツを着たまま愚痴を言わずに、めんどうでもピンクのセーターに着替えて、元気なんだと言い聞かせているのが分かったんだ。」

「タンクトップとミニスカートとピンヒールの組み合わせも元気を出すためかい?」

『これは定番。でも元気出るよ』真っ直ぐボトル棚を見つめて言った。その視線はサバンナで孤独な狩りをするチータのごとく強力な意思を感じさせた。

『もういくね』

「そう」

カンカンという足音を残して出て行った。

クーニャンのグラスのなかでアイスがカランと音を立てて、水に沈んだ。







9月25日, 2008年 | yoshida |



マルガリータ

海からの風がオープンカフェの扇風機を静かに回している。月は水平線の上に壁紙の様に張り付いて見えた。周りは静かとは言いがたいが、それがかえって私をおちつかせた。多分この席だ。父と二人でここに来たのは、三年前だ。父は随分嫌がった。娘と二人でタイなど行きたくないと。私もリフレッシュ休暇を消化しなければならないとか、一人では物騒だとか色々嘘をついて、重い腰をあげさせた。父は一緒に歩いて恥ずかしいという様な外見ではない。むしろ同年代の中年の中では上位かもしれない。ただ少女期には御多分にもれず父の存在自体を疎ましく思っていた。親権も私が微妙な年齢にさしかかっているので、母親の方がいいのではと提案したのも父だ。母は経済力を理由に拒否したらしい。父は母と別れた時、
『俺は自分のことは自分でする。お前も自分のことは自分でしろ」とだけ言った。
父はレストランを経営している。だから家であまり顔を合わす時間がなかった。それが、いがみあいを減らしてくれていたのかもしれない。プーケットを選んだのは、新婚旅行で来ていて、過ごし方のコツがなんとなく判るからだった

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8月25日, 2008年 | yoshida |



バーのある風景(2) ボウモア25年 part2

[武田君と初めて見た映画なんだったっけ。」智恵子は唐突に聞いた。
「中間試験の終わった日、小さな恋のメロディーを見に行って、君は460円のレモンスカッシュを半分残した。」
喫茶店で待ち合わせて、映画を見て、ピザを食べる。王道を行くデートコースだ。僕はその日の事を鮮明に覚えている。智恵子は僕の記憶力の良さだと思っている。
「記憶力いいね。」
「初めて飲むスコッチの味は忘れないものさ。」
当時の話もした。今の話もする。互いに四十過ぎだ。苦労話の一つや二つあるだろう。だが僕たちは、肩慣らしをするバッテリーの様にゆったりと会話のキャツチボールを楽しんでいた。レモンスカッシュとボウモアの違いぐらい僕らは成長したのだろうか。軽く飲みながら、シーソのバランスを取れるぐらいには大人になったということだ。
「このスコッチ,次に古いのは何年ものなの。」
「三十年もの。」
「三十年かー。」
「なぜ。」
「二十六年物飲みながら来年も話したいから。」



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6月02日, 2008年 | yoshida |



バーのある風景(2) ボウモア25年

やっとコートとなしでも歩けるようになった春の夕暮れ。陽光がマンションをオレンジ色に染めている。夕日を背負って女性がこちらに歩いてくる.復讐を誓ってきたようには見えない。多分彼女であろう。顔が判別できる距離になった時、ウエストの高さで小さく手を振った。僕も「やあ。」と言う感じで左手を上げた。
「武田君、元気。」智恵子は右手を差し出した。意外にきゃしゃな手であった。手も握ったことがなかったのだ。連絡を取るのに文通が主流だった時代だ。それが普通だったのだ。
こうして二十五年ぶりの再会の日が始まった。
「どこに連れて行ってくれるの。」
「近くのバーでいいかい。」
二十五年分の話を全部するなら居酒屋スタートで三,四件はしごというところだが、僕も智恵子もそういうタイプではない。
「よくいくの。」
「ああ。誰でもクローザーが必要なんだよ。昼の仕事の流れをそこで、止めるんだよ。」
「武田君、何か仕事できる人の発言みたい。」

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6月02日, 2008年 | yoshida |



バーのある風景(1) - ギムレット

 舞い散るダイヤモンドスノウの向うにモスグリーンのネオンが目にはいった。時として自然の色と最も人工的な色の組み合わせが、最も美しく見える時がある。おもわずドアーを押したくなった。

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11月08日, 2007年 | yoshida |