LazyBird Live-report

ギターを持った渡り鳥たちの8月


2010.8.16 池田伊陽グループ
池田伊陽(g)  井上大介(kb) 請川博己(b) 佐藤俊彦(ds)
今日はロックをやるという。隔世話をすると、近年は年少者向けのジャズスクールも盛んだが、そのような状況にない時代の楽器好きにとっては、レコードを磨り減るまで聴くことが教習課程であっただろう。スクール本来の意味はそういうことであり、池田を語る時、こうした前置きが必要になる。彼にはその教習課程抜きには得られない皮膚感覚で身に着けた音があるように感ずるからだ。この音のあるなしは、ジャズもロックも関係なく演奏又は演奏家に横たわっている境目だ。こんな思いに捕らわれていたから、当夜は聴き手としてやや失敗を犯したかもしれない。ラリー・カールトンやベック、クラプトンの曲が採り上げられ、特に「アイ・ショット・ザ・シェリフ」は本家を凌ぐ出来栄えだったにもかかわらずだ。僅かに満たされなかった分は次回まわしにする。その時は磨り減るまで聴き入ってやろう。池田はジャンル無用に渡り歩くギタリストだが、いつの場合も質の劣化を寄せ付けない。それは、この男だけの音があるからに他ならない。それを再認識できたことは、ライブとしても優れていたのだろう。

2010.8.25 ジェフリー・バー trio
ジェフリー・バー(g)  北垣響(b)  舘山健二(ds)
冒頭のやりとり。米国人ジェフリー曰く「ワタシ ニホンゴ ハナセマセン」。客席曰く「We can’t speak English」。こういう愛らしい自己矛盾がジャズの隠し味でもある。もっと強い毒をお求めの際は、筆者が苦手とするLazybird=DIALYのギャグ・クルセーダースで緊張感を高めて頂きたい。
さて、ジェフリーによれば、今日のライブをビル・エヴァンスへのトリビュートにするというのだ。マイ・フーリシュ・・・、サムデイ・マイ・プリンス・・・、貴方と夜と・・・、何曲か頭を去来するが、ことごとく外れていく。「イン・ユア・オウン・スウィート・ウェイ」でようやく雑念から開放され、「エルザ」、「ナーディス」など聴くにつれ、トリビュートの全貌が明らかにされてきた。ジェフリーの音質は柔らかいが、官能に寄りかからないところがエヴァンス精神なのだ。彼は、その敬愛するエヴァンスをギターに込めると言う一点において成果を修め、その一点において聴き手は納得した。好漢ジェフリーは、来年の8月、また渡来すると言い残し、去っていった。それは、日活映画の全盛時に小林旭が「渡り鳥シリーズ」のエンディングで街を去る姿に似ていた。
(M・Flanagan)







8月31日, 2010年 | yoshida |



2010年の夏  山を降りた盤渓JAZZ FES

今年、磐渓JAZZ FESは下山したが、地元と東京の演奏家の混成による発展的あり方を追求するという姿勢には動じる様子がない。磐渓JAZZ FESとは、規模や地名であるよりも信念の継承を意味するのだろう。影で支える札幌のNICA夫人に敬意を表したい。
2010.8.7 下山第1日 池田篤+北大ジャズ研All Stars(AT Lazybird)
 池田は、教鞭を執っている立場でもあり、胸の貸し方は流石だ。学生AllStars(井上惇志(p) 大久保太郎(b) 長崎晃(ds))の持てる力を余すことなく引き出していた。学生AllStarsは「サヴォイでストンプ」の後に「ラストタンゴ・イン・パリ」を持ってくる脈絡のなさが清々しい。彼らには、今日のケレン味のない演奏のように盤渓JAZZ FESの意図を是非とも活かして欲しい。
2010.8.8  下山第2日 1st Set 板谷大Nonet with 池田篤(AT BuddyBuddy)
 板谷のスモール・オーケストラ(p、as、ts、bs、tb、tp2、b、ds)を初めて聴くが、何といっても、この編成に小曽根BigBandのメンバーでもある池田が参画することに注目だ。演奏曲はD・エリントン、ベニー・カーター、モンク、タッド・ダメロンなどでグイグイたたみ掛けるものばかりだ。池田がソロをとるに連れ、聴衆のみならずノネットのメンバーも池田に関心を奪われて行った。会場全体が快感を分かち合ったのは、去年以上と言っておこう。
2010.8.8 下山第2日 2nd Set 田中朋子with米木康志Quartet(AT BuddyBuddy)
 このメンバーによるものは、下山第3日目に回すが、アンコールの「コンファメーション」には池田が特別参加し、今後二度とない編成によるお宝演奏が実現したことを報告しておく。
2010.8.9 下山第3日  田中朋子 with 米木康志Quartet (AT Lazybird)
 田中・米木のほかのメンバーは、臼庭潤(ts)、津村和彦(g)、セシル・モンロー(ds)だ。普段、この米木カルテットで演奏することはなく、言わば本道のオーダーメイド・グループだ。今年の盤渓JAZZ FESにこのメンバーが来くるかもしれないという段階で、田中は共演の意思表示をしていたという。この意気込みは、当然ながらライブに反映されていくのだ。まずは「ゼア・ウィル・ネヴァ・ビー・アナザー・ユー」で雰囲気がほぐされた後、田中の作品「潮流」において、臼庭が静寂に堪えられる音のみでソロをとった。豪快なイメージが付きまとう臼庭のB面の世界がこれだ。しめしめ、「キャラバン」を演るあたりからセシルが本格的に来はじめた。「ベラクルース」で縦横無尽に弾きまくる津村のノリ、スピード感どれもケタ違いだ。先の板谷ノネットの一員が“初めて聴いたけどあのギーターに驚愕した”と語っていたが、彼の驚きは適切だ。「竹田の子守唄」では再びB面の臼庭を聴くことができた。休憩時間中に米木からアレ演るかも知れないと口づてに聞いていた曲、それが「ギミ・サム・ラビン」だ。大人5人の激闘でポップ曲が壮大な変身を遂げた。聴衆はこの演奏を生涯忘れることはないだろう。
 磐渓JAZZは山を降りた。英語に“バンケット”という言葉がある。それは“宴”という意味だ。この3日間とは、標高差を突破した貴重なJAZZの“宴”だったのだ。
 ライブの冒頭、田中はメンバー紹介の時、代理コードを使い「ヨネキ」を「アニキ」と言い変えた。いいシャレだ。
(M・Flanagan)






8月15日, 2010年 | yoshida |



2010.7.15  Tommy + 菅原昇司 カルテットットット

Tommy(tb) 菅原昇司(tb) 南山雅樹(p) 北垣響(b) 樋口千里(ds)
雑誌や新譜を買わずライブ行にく。最近の座右の心掛けだ。従って、全国や世界の事情には疎く、地元または当店に縁のある道外のミュージッシャンのことしか知らない。そんなこんなで、Tommy氏が日本人であると知ったのは数日前だ。
今回の企画は、Tommy氏がツアーで札幌に来ることを嗅ぎつけた菅原が、直接、Tommy氏に共演を持ちかけたことで実現したという。チャンスを貪欲に窺う姿勢が良いのだ。
ご存知のとおり菅原の音色がマイルドであるのに対し、初めて聴くTommyの音はかなりストロングだ。ジャズでは、同質の者同士の方が食い違いがあらわになり、異質な者同士の方がスリリングに成果をあげることは珍しいことではないが、幸いこの日は後者が的中したと言っていい。
冒頭、Tommyと菅原のオリジナル中心でいくとアナウンスされた。菅原のオリジナルは何度か聴いているが、曲名に限れば、彼はプロレスの技を拝借したり結構無頓着だ。一方、Tommyは丹念に練り上げてタイトルを付けている。一例を紹介すれば「深海魚の夢」という曲。本人の解説によると、深海は波のない世界だが、彼らが夢を追い未だ見ぬ海面付近にゆっくり上昇したとしても自力で深海には戻れないというような一回性がモチーフになっているらしい。生命が持つはかなさは宿命とはいえ、それを託された音にはグゥと来るではないか。
ところで、「あまい囁き」という曲をご存知だろうか。40年位前にヒットしたフレンチ・ポップスの曲で、ダリダという女性歌手がサビで“バローレ〜バローレ・・・”と連呼し、そのかたわら語りを入れていたのがアラン・ドロン、アランド50以上の者には懐かしい曲で、年齢条件をクリアしている客からは郷愁に染まる喝采を浴びていた。
このレポートは、2ndセットの後半のことを伝えるだけで、その使命はほとんど達成される。最初から決っていた演出かどうか知らないが、まず、帰郷中の川原聖人(tb)入り3管で一曲、入れ替わって菅原の盟友酒本ひろつぐ(tb)を入れた3管で一曲。ここまでは、連続する小ハプニングだ。そして最大の山場となったアンコールは、トロンボーン4本がバリケード状に並んだ。思わぬ臨時編成とは言え、アンサンブルにバースに白熱を独占したような演奏で、溜まっていた汗が一気に外に引きずり出されたといった具合だ。この夏、初の猛暑日になった札幌だった。
こういう抜き打ち状況を“想定内”とは言えないだろうよライブドア。ライブとは“想定外”との出会いの事でもあるのだ。標題は、トロンボーンが2本追加の甘くささやかなヤジオ・ギャグ。
(M・Flanagan)






7月22日, 2010年 | yoshida |



2010.5.1  池田篤の『それ』

池田 篤(as)  板谷 大(p)  北垣 響(b)  竹村一哲(d)
最初の曲はミンガスの「ペギーズ・ブルー・スカイライツ」で“As Time Goes By”のテーマが見え隠れする。オープニング・ヒットだ。2曲目もミンガス曲で、原典の太さ濃さが充満。3曲目はスタンダード「マイ・シャイニング・アワー」。晴れ間が差しているときの強い雨は、全ての粒をキラメかせる。それを目で追うのに熱中しているような私の輝ける一時だ。一哲の場合は雨というより雲の塊そのものが降ってくるようで面白い。次にB・ストレイホンのバラード「ブラッド・カウント」。車窓から刺激のない風景を眺めていると、だんだん自分もその風景の一部になってしまう。こうして曲に融けてしまう演奏が好きだ。 池田の解説によると、ストレイホンが病床でじっと点滴を見つめていた姿をモチーフにした曲だそうである。イメージの食い違いは甚だしいが、誰の責めも受けないだろう1st最後は、アップテンポなショーターの「イエス・オア・ノー」。この演奏は、「イエス」か「ノー」かを問うていない。「イエス・オア・ノー」自体が答えなのだと告げている。自問自答が成り立たないほどスリリング。
   2ndの1曲目はB・ゴルソンの作品。誰が演ってもこの人の曲は、居ないはずの管が聞こえて来そうで、不思議だ。次は池田のバラード「フォールズ」、つまり“滝”だ。しかし、これはナイアガラのように大量の水が落下するフォールズではなく、池田の内面の襞をつたうスピリチュアルなフォールズで、大雑把な性格の者を敏感にする。名手T・ジョーンズ作「トゥー・アウエイ・ゾーン」、ビッグ・バンドがスイングするが如くの贅沢な4ビートは実に快感。次のバラードの曲名を知らない。アルコールが貯(ね)かせた年数で付加価値を生むように、ここで池田は年齢を重ねなければ引き出せない演奏をした。粋だ。クライマックスは「チェロキー」。C・ブラウンの名演のためだろう、名手以外あまり手を出さない。現実世界の滑走路には限りがあるものだが、この演奏は快速音とともに突破。バップのエッセンスはこの醍醐味だ。真の娯楽とは理屈抜きに没頭できることを言うのだろう。喝采が止むとボディ&ソウル〜ビリーズ・バウンス。ライブのツボを押さえられたまま終わった。板谷トリオは早くも今年の決定版といえる。
さて、標題について語ろう。誰もが知っているとおり池田は必ずハイレベルの演奏をする。これが難なくできてしまっているように見えると、皮肉にもその痛快さが聴き手を気掛かりにさせる。しかし、今日の演奏は、気掛かりな霞が消える記念になった。一介の聴き手に過ぎない者とは次元が異なるところで、後日、池田はこう告白することになる。彼の中で『それ』と呼んでいる「溢れ出る情熱」のようなものが二日目のライブで突然来たのだ、と。
ところで、大問題が発生しているのをお気づきだろうか。筆者は二日目(5/2)のライブ、つまり池田篤の『それ』を聴き逃したのだ。悔しいが『それ』は次回に持ち越しだ。
(M・Flanagan)






5月08日, 2010年 | yoshida |



2010.4.21  高橋知己カルテット 


高橋知己(sax)  津村和彦(g)  工藤 精(b)  斉藤良(d)
前回は「ナッシン・バット・コルトレーン」を引っさげての来演だったが、その時は、文字通りコルトレーンがオーバーラップしてくる演奏だったと記憶する。
今回は新作「フィーリン・グッド」のリリースに時宜を合わせたものだが、コルトレーンの縛りを一旦解除し、その上で高橋が再起動したような感じを受けた。
これまで、高橋の演奏は実直すぎるために、ややもすると聴き手としては負担になることがあると感じていた。だが、この日は、高橋の出来栄えなのか、自分の耳が肥えてきたのか分からないが、テナーはかくあるべし、を思い知らされるライブになった。特に、オリジナル曲「キープ・イット・アップ」や「トゥギャザー」は高橋の人生が凝縮されたかのような深みがあり、胸を打つ。ここに王道を行く演奏があり、つくづく聴きに来て良かったと思うのだ。
その高橋とともにサウンドの重量感を支えているのが工藤だ。工藤のベースは頑固でストレートな印象を与えながら、時折、雪崩が周囲を巻き込むかのような劇的な展開があり、飽きが来ない。心情的に長く信頼していたいタイプのベーシストだ。
さて、津村は3月のレイジーバード5周年記念で4日間に亘る鮮烈なプレイで喝采を博したが、初めての者はうめき声とシンクロするソロに驚かされ、また、重ねて聴いている者は、バッキングの創造性に追撃される。天才との巡り合いに必要なのがライブ・チャージだけというのは、ことのほか気分がいい。
斉藤は、三十を超えたばかりの若者だ。勢いづく攻めの姿勢が往路とするならば、それを逆に辿る行程が復路だ。その復路に攻めだけの姿勢からは得られない何かが見出される。
斉藤が既に何かを見出していることは、このカルテットにとってのドラマーの役割を理解していると思われることから了解できる。控えめの中に攻めがあり、それは、まばゆく糸を引くような洗練された響きが証明している。
 ところで、テナーからギターソロに渡った時、CDならばギター・トリオになる。だが、その傍らで高橋は仁王立ちしている。瞑想するという仕方で参加しているのだ。これはライブでなければ決して分からない質感なのだ。曲を紹介できなかったが、H・シルバーとブラジルものの2曲続けた『ピ−ス』も素晴らしかったことを付け加えておきたい。
どうやら、このカルテットの聴き所は、高橋と工藤の太く真摯なラインと津村と斉藤のしなやかなラインの交わる所にある。夫々の個性がその交点に集約されて行くと、聴衆はこらえ切れず前のめりのラインを形成して吸い込まれて行くのだ。
冒頭、コルトレーンを封印して、と言ってはみたものの全てが終わると、高橋はやはり「Love Supreme」の演奏家だなと確信し、汗にぎる自分に念を押した。
終演後、斉藤の出身広島県の話題から、“お好み焼き”を英語で“マイ・フェイヴァリット・シングス”と言うことになった。高橋に捧げたことは評価できるが、出来栄え自体の評価は読者に委ねたい。
(M・Flanagan)







5月08日, 2010年 | yoshida |



レイジーバード5周年記念 4Days Special Session

米木康志(b) 臼庭潤(ts) 津村和彦(g) セシル・モンロー(ds)
まずは、Lazy bird、この5年間の無差別なライブ企画に敬意を表して置きたい。思うに、本ライブは形式的な記念行事ではなく、一つの到達点に位置させるべきものだ。
 第1日目。リーダー米木は、「今日はジャズをやらないよ」と宣言した。そのために米木の用意した生地は、普段あまり耳にしない「レベレーション」、「ワールド・ピース」、「ムーブメント」、「アウンサン・スーチー」、「シー・ユー」、ジミヘンの「ブドゥー・チャイル」、ジェームス・ブラウンの曲だ。
臼庭が埃っぽい大地を丁寧に掘り返し、そこに津村が霊感の雨を注ぐ、セシルがそれらもろともノリ一発のファンク・ビートで揺さぶる。腰が宙に浮いた。体がこれを待っていたからに違いない。米木は談合のないジャンルの再開発を行い、密かに別の「ジャズ宣言」をしていたのだ。
第2日目。リーダーは臼庭。レイジーバードでのライブCD収録曲を中心の構成だ。「アナザー・ユー」、「ユー・アー・マイ・ハーツ・デライト」、「虹の彼方に」、「オルフェ」、「ペニーセイブド」、「スピーク・ロー」と思われる曲。「アリゲータ・ブーガルー」と思われる曲。この編成このメンバーで聴くと、臼庭は、また違った価値の中に輝く。臼庭が敬愛される最大の理由は、彼の演奏には嘘がないことだ。例のCDの方は残り少ないらしいが、まだまだ値引する訳にはいかない。 ・・・インターバルでセシルが小声でやったラップには本当に驚いた。
第3日目。リーダーは、札幌が誇る田中朋子。
「ストールン・モーメント」、「フェアリー・ランド」、「ローンズ」、「マイ・リトル・ブルー・スエード・シューズ」と思われる曲、「ファースト・ソング」など。特に田中のオリジナル「フェアリー・ランド」での臼庭、田中の愛奏曲「ローンズ」での津村のソロは、彼女の曲への思いがほぼ完全なかたちで描きだされたのではないだろうか。今日の田中はやや控えめながら、依然、我らの財産だ。
第4日目。ピアノに板谷大が据えられた。中々、選曲が定まらないのをよそに、その間隙を突いてリクエストを混ぜて行く成り行きとなった。「ミスター・PC」、「オレオ」、「エブリウェアー・カリプソ」、「イズント・シー・ラブリ」など、願いが叶った客は、納めた年貢より利息の方が遥かに大きかったことだろう。言うまでもなく、この日は最終日に相応しい熱演が繰り広げられた。また、主催者の音楽的愛情から地元の俊英トロンボーンの菅原昇司、ベースの北垣響、ドラムスの長崎が何曲かに参加した。やや抗争慣れしていない面も出たが、こういう貴重な体験を契機に、いつか品位ある報復を仕掛けて欲しいものだ。
終わりゆく時間を怨みながら終演を向かえる。最後の最後は、前日のアンコール曲でもあったが、映画ブルースブラザース挿入曲「ギミ・サム・ラヴィン」だ。4者混然一体となった揚げ句、ピアニスト臼庭!も火中のGROOVEを拾いに行った。ふぅ〜、またライブ・ベスト10の順位入替え作業で忙しくなりそうだ。
高熱にうなされ、何かつぶやいていたようだ。臼庭を褒めすぎだという批判よさらば。わっ津村がサウンドに張り巡らしているのは神経組織だ。音楽には国境が在ると云っているかのようなセシルよ自由な往来許可をくれ。そして、米木エンデヴァーは、世界一安い宇宙旅行だ。
(M・Flanagan)






3月16日, 2010年 | yoshida |